私の基礎となった行動や揺るがない想い③

他人から認められたい、自分をわかってほしい、理解してもらいたい
という動機ではなく、シンプルに
「自分がこうしたいからする」
自分主体の動機が基本となり行動するようになります。

些細なことでもひとつひとつが幸せに感じて
全てが輝いて見えて歓びに感じます。

「自分は愛されている」ということを魂レベルで理解できると
その安心感から「いい人を演じなくてもいいんだ」
ということがハッキリとわかり、他人目線からの行動はしなくなります。
したくなくなります。

自分を取り繕ったりよく見せる必要がなくなり、
心からやりたいことや思うことを素直にインスピレーションで
無理なく行動できるようになります。

 

そうして未来を恐れることはなくなります。
過去の自分が最高を選択してきて行き着いた「今の自分」は
間違いなく最高なのです。

こんな自分を、神様や宇宙が悪いようにするわけがありません。
素直な自分はどこかで確信できています。
(根拠の無い自信!)

勝手に自然といい風になってゆくことを分かっているからです。

ともかく、過去や未来に囚われながら生きるのではなく
「最高の今」に集中して生きること。
それも自然に出来てきます。

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自分を素直に生きると、心に余裕が出てきます。
いろいろな意味で豊かになります。
周りの幸せが自分の幸せということも解ってきます。

偽善でも、押し付けでも、キレイ事でもなく、
自らの愛の原動力で地球、全人類、自然の生きとし生けるもの
すべてが愛おしく、大事に祈るようになります。

それは自分にとっても、周りの愛するすべての人たちにとっても、
最大の歓びであり、平安であり、幸せだと思います。

またそれができる今の自分の恵まれた環境に感謝することで
さらなる幸せを生み、エネルギーや豊かさの循環に繋がってゆくんです。

 

これまでのすべてのご縁や出来事、そして自分自身に。
心から感謝します。

ありがとう。

私の基礎となった行動や揺るがない想い②

そのうち絶え間なく無意識にしていた頭の雑音やおしゃべりが消え、
本当の自分の魂の声が、必要な時にしっかり聞こえてきます。
あとはその声に素直に行動するだけです。

過去を悔やむことも、未来に悩むこともなくなります。
今にフォーカスすることが当たり前になります。
とてもシンプル。

 

自分を愛して、信じること。
自分自身を尊重すると、周りのことも自然に尊重できるようになります。

そうすると、また自然と自分の周りにいる人たちも、
気づくと心を開いて接してくれています。
反対に心を閉ざしていたり
自分を羨んだり虐げてたりしている人たちは
勝手にどんどん離れていきます。

 

自分の周りには、敵はいなくなります。
敵という見方でなくなるからです。

人それぞれ確固たる想いや生き方があり、
正解・不正解、善・悪などはありません。
それは自分が勝手に作った物差しで推測した思い込みです。

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歓びに委ねて本当の自分を素直に生きると、キラキラと輝き出します。
同時に自分の周りにいる人たちも、無条件に幸せになります。

唯一幸せにならない人は、自分のことを
妬んだり羨んだりして嫌っている人だけです。

そういう人がいると、嫌な気持ちになりますが
里の修行としての学びが終わると、
世界が違うので同じ場所にいられなくなり
やがて自分の世界からはいなくなるか、
逆に、これを機に味方になるかもしれません。

そもそも素直で輝いて生きていると、そういう悩みとは無縁になります。

 

愛を与えることが自然な行為となり、歓びになり、
また受け取り上手にもなります。

“輝いて生きる”ことで、愛のエネルギーを循環することが出来ます。

私の基礎となった行動や揺るがない想い①

最近はある程度素直さが安定し、過去のトラウマとか人間関係など
少々思い出すことがあっても、大きくぶれることはなくなってきました。
半年前に比べたらかなり感情の振り幅が少なくなり、
本当の自分の場所に(元に)戻って来れ易くなりました。

これまで自分が実際やってきて、取り組んできてここに載せてきた
治療やヨガや自己対話などを通して行き着いたわたしなりの素直さ、
今の自分に辿り着いた、”自分自身の土台・基礎”となった行動や
揺るがない想いをまとめてみました。

3投稿にわたりますが、記録として残したいと思います。

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苦しい思いをしないと自分を変えられない、というのは幻想でした。
そう思えばますます他所に答えを求めて逃げたくなりますが
自分の中以外に答えはなかったのです。

 

過去経験してきた辛さ、苦しみ、努力は今に繋がる修行でした。
わたしはここまでよくがんばりました。

そんなわたしに、まずはたくさんのありがとうを贈りました。
後から思えば、ほんの少し努力の仕方が違っていただけでした。

ただ、精神世界に篭って自分と向き合う”山の修行”だけでなく
地球で生きることに大切な、行動する”里の修行”の必要がありました。

いつもずっと鞭打って頑張れるわけではなかったんです。
“一生”懸命なんて、そんなことできません。
“一所”懸命で良かったのです。

 

最初は義務的でもいいから「自分にありがとう」を言い続けて
自分を責めたりいい人をすることをやめ
頑なな思い込みや幻想に気づき、見方を変えていくこと。

自分の土台をしっかり持つことが大切です。
焦らずじっくりコツコツと取り組みます。
山あり谷ありでも、少しでも進めばいずれは登頂できます。
あとは信じて委ねることも大事です。

 

ゆっくりでいいんです。
気づいたら自然と変わっていることに気づきます。